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2007年6月14日 (木)

成功哲学?

☆6月14日(木)

私は成功哲学が好き。

理屈はどうでもいいが、心に響いてくるので好きみたい。

いかに生きるかというエッセンスがそこには集約されているからね。

つまり「自分の人生を成功させる」的な意味合いかな?

むか~し、母が(何もできない一主婦だった母が)、父と離婚をして家を飛び出し(当時我慢できないことがいろいろとあったらしい。父が亡くなったあとでそれを聞かされて・・・苦笑した)、10年くらい社会を渡り歩き(生命保険会社の営業や、ミシンの営業販売をバリバリしていたらしい)、私が長男を産んでしばらくしたら家に戻ってきた。

父が腎臓を病んだためだ。

が、その頃には錦糸町の駅前で小さいけれどマージャン屋さんを経営していて、私に宝石などを買ってくれるくらい羽振りが良かった。マージャンやさんには、落語家の人とか、雑誌の編集をしている人とか、いろいろな人が来ていたらしい。

そんな順調な店を潔くたたんで、父の元に戻ってきて父と再婚したと思ったら、父の仕事を次いでいた弟たちと一緒にそれまで自営だった家業を有限会社にした。

・・・・。

私はすんごく真面目な子で、母が家を出て行った当時は、母が許せなくて許せなくて、絶対に許せなくて、苦しくて仕方がなかった。

父は不器用だけどすごく愛情深い優しいひとで、母のペースとはちょっと違う感性を持っていたから、ね。母の気持ちもわからないでもないけれど、当時は絶対的に父の見方だったわけだな。

あれから30年近く経つけれど、今は前向きで一生懸命なおばあちゃまになった母が可愛くって仕方がない。

もちろん父に対しての愛情も、幼い頃からずっと変わらない(死んじゃったけど・・・)。

        *

私の心が浄化される過程では、そう、様々なことがあった。

言えるのは「恨み」からは、何も生まれないということですね。

人を恨むというのは、自分をがんじがらめに縛り付ける行為に等しいのですよ。

信じられない方は一度、やってみておくんなさいまし。

相手に「・・許せん」と思ってみ。それで頭の中が一杯になっている自分自身が逆に動けなくなるから・・・。

母を認めてすべてを受け入れたとき、自分の世界がワーッと広がって心がとっても自由になった。

母を見ていて人ってすごいパワーがあるんだということがわかったし。

『こうしたい』という思いは現実になるんだなと、信じるしかなかったよ。

昔は「そんなことできっこない」とか、「ま~さか」とか、「自意識過剰なんじゃないの?」とか、コトあるごとに、マイナスな考えが働いていたけれど、最近はべつにさ、やるのは自分なわけだし、自分が納得できればオールオーケーな分けだから、そんなこと思いもしなくなったな。

「失敗することはいけないこと」という気持ちがあるとどうもマイナーになるみたいで、「失敗も経験のうち。過程よ、過程・・・」と思えば、別にネガティブになることもないわけで。

そうそう、価値観を測るものさしを他人の目で作っちゃうといろいろなことが面白くないよ。

自分の目で「ものさし」を作ると、他との競争もないし、自分で測った昨日のメモリより一ミリでも上がっていれば、”万々歳”!ということなのね。

         *****

今日はちょっと支離滅裂。何、話しているのでしょう?わたし。

今朝、あることをきっかけにあれこれ思ったことをつなげられそうでつなげられない。・・・思考があちこちに飛ぶクセが出ています。

実は今朝、「SSIニュースレター」というところから面白いメールが届いて、それに触発されたのですね。

ボランティアが清々しいエネルギーを運んでくる、ということを体感で学んでいた私ですが、深層心理でもこんな説明がつくんですね。

(体で学んだことをこう、いとも簡単に説明なんかされたくないが・・・)

         *************

ボランティア行為の深層心理

脳と心のエトセトラ 病気や貧困、被災などで苦しむ人々に手を差し伸べる、ボランティアという行為。困っている人を助けたいという気持ちは人間にとって自然な心理だといえますが、ボランティアをしようとする動機にはただ人助けをしたいという気持ちだけではない、深層心理が働いているのだといいます。

ボランティアは、自分ではなく他者に気持ちを向ける行為であることから「他愛行動」といい換えることもできます。他愛行動であるボランディア活動を続けていくと、それまで自分や家族にばかり向けられていた愛情が他者へも向けられることになるため、その結果、自己の問題にあまり気を取られなくなることがわかっています。

また、援助を必要とする他者に対して奉仕をしていく行為が、自己の存在意義を再認識したり、自己評価を高めたりすることにもつながるといいます。ボランティアをすることによって失われていた自尊心が回復され、ネガティブな精神状態を打ち消され、社会への適応性が高められることも明らかにされています。

こうして見るとボランティアは、一見他者のために行われるもののようでありながら、じつはボランティアをする人自身の心を救済する行為でもあることがわかります。事実、日常的なストレスによって苦しんでいる人たちがボランティアを行うことで、自分自身も援助効果を受け、ストレスから解放されることがわかっていますし、体力や気力の衰えによって自信を喪失しがちな高齢者もボランティア活動を通じて志気が高まるなどもわかっています。つまりボランティアとは、援助する者がされる者へ一方的に奉仕することではなく、物理的な援助活動を通じて心理的な救済を得られる、ギブアンドテイクの行為。街のゴミ拾いのような小さなボランティア活動であっても、アクションを起こすことによって、きっと心の充足感を得ることができるのではないでしょうか。

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