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2007年2月13日 (火)

内気な通訳

☆2月13日(火)

Dscn7119 お正月に義兄からいただいたブラジルのケーキ。

向こうではポピュラーなお菓子なのかな?日持ちもするし、パンとケーキの中間のようなお菓子で、ケーキほど濃厚ではないし、パンほどアッサリしていないし、オヤツや軽食にいい。

兄は時々実家のある南米のパラグアイに帰ったときに、あちらのお菓子をたくさん持って帰ってくるみたい。

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主人は北海道の生まれですが(今でも義姉が住んでいて親代わりのようにして北海道のものをいろいろ送ってくれるのです)、義兄さんたちは現在南米のパラグアイというところで大きな農場とお店を経営しているそうです。(両親はもう亡くなりましたが・・・)

私一度も行ったことがないんですよ。パラグアイは日本の裏側で、会社をいっぱい休まないといけないところなので、たぶんもういかないでしょうね。

主人が小学校の低学年の頃に、北海道の農場を処分して家族で向こうに移ったんですって。

主人は7人兄弟の末っ子なので、15くらい離れているお兄さんたちは当時、もう大人だったようです。

パラグアイでは中学校、高校とクリスチャンの学校で寮生活だったそうですが、だからかどうか知らんが、頭が固い。

むか~し、主人の前でお酒を飲んだらさ、「酒を飲むとは何たることか」くらいのことを言われてカンカンに怒られてビックリした(今はやっと正常になって(?)、もうそういうことは言わなくなりましたが・・)。

掃除の後、障子のさんのホコリを指で確かめられたこともあった(今は自分で積極的に掃除している。なかなかよろしい・・・)。

昔の日本男児の考えを持ったまま日本にきてしまったかと思ったくらいでしたが、どう考えてもそれに私が添えるわけないじゃん!!!

そういう固定観念から解放されていくのにしばらく時間を要していたようですね。

結婚する前は日本語とスペイン語の単語がごちゃごちゃになったりもして、時々「あれ?」とかやっていましたよ。

半分外国人だと思った方がいいかも。。。ブツブツ。。。。

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ところで、20歳になると国籍を選ばなければいけないそうですね。

主人は日本国籍を選んで結局こちらで就職をしましたが、日本に戻ってきてから神田外語学院のスペイン語学科に通って、その後ペルーの国立工業大学に建築を学びに行ったそう。

・・・ですが、ペルーではクーデターが頻繁にあったらしく、勉強にならなかったので日本に戻ってきたんですって。

向こうでは旅行に来た日本の団体について通訳のバイトなんかもしていたそうですよ。学資稼ぎですね。

今はそういう仕事とは一切関係のない仕事をしていますが、もっと日常に特技を活かせば楽しいのに、、、、と思いつつ、口を出さずに見ています(ブログに書いてしまったが・・・ははは)。

しかし性格が内気なので、そういった特技も自分からは一切アピールしないのよね。

困ったモンです。

松ヶ丘小学校が5周年のときに、プロのアルゼンチンタンゴのチーム(もち皆、外人)にきていただいて演奏をしてもらったことがあるのですが、そこに主人が通訳でついたとき、うちの教務のO先生がすっかり向こうの専属の通訳だと思っていたくらいで、後で、「え~っ、山下さんちの旦那だったの!?」と言っていた。

自分で自己紹介くらいすればいいのに。。。

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内気なスペイン語通訳、誰か使ってくれる人いないでしょうかねぇ。

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